
1: きのこ記者φ ★@\(^o^)/ 2014/11/02(日) 12:28:19.04 ID:???0.net
サッカーJ2の松本山雅が1日、福岡戦に勝利し、長野県で初のJ1昇格を決めた。東日本での初昇格は山形(現在はJ2)以来、6年ぶり。疋田幸也代表(38)が03年にサポーター組織をつくってから12年目の悲願だった。若者だけでなく年配者にも愛されるチーム。成功の鍵は、地域に根ざし「山雅」が郷土の誇りになったこと。そして県庁所在地・長野市への強い対抗心だった。
松本市民の思いが結実した。「誇れるものは松本城ぐらいしかなかった」。松本市出身の看護師、横林みや子さん(67)はそう語る。熱狂的なサポーターが集まるゴール裏でタオルやフラッグを振る。ゴールが決まれば、若者と一緒に喜ぶが「跳びはねると膝が痛いので、屈伸運動ぐらいかな」。娘の沙知さん(38)は「親子で共通の楽しみができて良かった」という。
ゴール裏には70代のサポーターもいる。「誰でもウエルカムなので年配者も安心して集まれるのでは」とサポーター組織を立ち上げた疋田代表。チームがまだ北信越リーグ時代、毎試合スタンドに足を運んだ。サポーターが2人だったこともある。「冷ややかな目線を送る人も多かった。でもやり始めた以上、責任があるから」とめげずに声をからした。
疋田さんらが動きだしたきっかけは02年日韓W杯。ホームスタジアム「アルウィン」をパラグアイ代表がキャンプ地として利用した際、GKチラベルトが「こんなに素晴らしいスタジアムがあるのに、なんでプロチームがないんだ」と発言。これにチーム関係者が奮起し、本気でJリーグを目指すこととなった。
当時は商店街にポスター掲示を頼んでも断られた。しかし、今は快く貼ってくれる。疋田さんには「ここまで盛り上げてくれてありがとう」という声がたくさん届く。「やってきたことが間違っていなかった」と笑顔を浮かべた。
今季の1試合平均観客動員数は1万2000人超で、いくつかのJ1チームより多い。営業収入も11年度から13年度までで約2・4倍。今では市や経済界、信州大も巻き込んだ。先月29日にはサポーター約100人とチーム経営陣、市、スポンサーが意見を言い合う「山雅ドリームサミット」を開催。次世代へ、サッカーで松本を発展させようという熱が町を包んでいる。
サポーター活動当初から疋田さんを手伝う兄晃啓さん(41)は、盛り上がりの背景に長野市への対抗心があると分析する。「インフラから全て長野市でまず整備される。五輪もほぼ長野市で行われた。だから松本市民は自分の力でなんとかしてやろうとボトムアップで動いている」。晃啓さんも横林親子も、98年長野五輪は見に行かなかった。
松本市民には「長野と言わず、信州と言ってくれ」と話す人もいる。「廃藩置県の際、松本を県庁所在地とした筑摩県が残るはずだったが、火災で県庁が燃え、長野県となった」と晃啓さん。北信越リーグなどでダービーを戦った長野パルセイロは現在J3。政治や経済で辛酸をなめてきた松本が「山雅」で誇りを取り戻した。
◆筑摩県 1871年(明4)の廃藩置県で北部の8県が長野県(6郡)に、南部6県と飛騨一円が筑摩県(7郡)に統合された。1876年に松本城付近に置かれた筑摩県庁が焼失。これを機会に合県が行われ、現在の長野県(飛騨3郡は岐阜県)となった。
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20141102-1390835.html
松本市民の思いが結実した。「誇れるものは松本城ぐらいしかなかった」。松本市出身の看護師、横林みや子さん(67)はそう語る。熱狂的なサポーターが集まるゴール裏でタオルやフラッグを振る。ゴールが決まれば、若者と一緒に喜ぶが「跳びはねると膝が痛いので、屈伸運動ぐらいかな」。娘の沙知さん(38)は「親子で共通の楽しみができて良かった」という。
ゴール裏には70代のサポーターもいる。「誰でもウエルカムなので年配者も安心して集まれるのでは」とサポーター組織を立ち上げた疋田代表。チームがまだ北信越リーグ時代、毎試合スタンドに足を運んだ。サポーターが2人だったこともある。「冷ややかな目線を送る人も多かった。でもやり始めた以上、責任があるから」とめげずに声をからした。
疋田さんらが動きだしたきっかけは02年日韓W杯。ホームスタジアム「アルウィン」をパラグアイ代表がキャンプ地として利用した際、GKチラベルトが「こんなに素晴らしいスタジアムがあるのに、なんでプロチームがないんだ」と発言。これにチーム関係者が奮起し、本気でJリーグを目指すこととなった。
当時は商店街にポスター掲示を頼んでも断られた。しかし、今は快く貼ってくれる。疋田さんには「ここまで盛り上げてくれてありがとう」という声がたくさん届く。「やってきたことが間違っていなかった」と笑顔を浮かべた。
今季の1試合平均観客動員数は1万2000人超で、いくつかのJ1チームより多い。営業収入も11年度から13年度までで約2・4倍。今では市や経済界、信州大も巻き込んだ。先月29日にはサポーター約100人とチーム経営陣、市、スポンサーが意見を言い合う「山雅ドリームサミット」を開催。次世代へ、サッカーで松本を発展させようという熱が町を包んでいる。
サポーター活動当初から疋田さんを手伝う兄晃啓さん(41)は、盛り上がりの背景に長野市への対抗心があると分析する。「インフラから全て長野市でまず整備される。五輪もほぼ長野市で行われた。だから松本市民は自分の力でなんとかしてやろうとボトムアップで動いている」。晃啓さんも横林親子も、98年長野五輪は見に行かなかった。
松本市民には「長野と言わず、信州と言ってくれ」と話す人もいる。「廃藩置県の際、松本を県庁所在地とした筑摩県が残るはずだったが、火災で県庁が燃え、長野県となった」と晃啓さん。北信越リーグなどでダービーを戦った長野パルセイロは現在J3。政治や経済で辛酸をなめてきた松本が「山雅」で誇りを取り戻した。
◆筑摩県 1871年(明4)の廃藩置県で北部の8県が長野県(6郡)に、南部6県と飛騨一円が筑摩県(7郡)に統合された。1876年に松本城付近に置かれた筑摩県庁が焼失。これを機会に合県が行われ、現在の長野県(飛騨3郡は岐阜県)となった。
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20141102-1390835.html
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